ラジコン

【ラジコン】80年代ラジコンブームからの私のラジコンの思い出

【ラジコン】80年代ラジコンブームからの私のラジコンの思い出

ラジコンの思い出

80年代からの私のラジコンの話を語るラジコンマニアのつぶやき・・・

ラジコンを昔やったことが無い方は、マーキングしてある部分だけでも読み進むとラジコンをやる上で参考になるかもしれません。

ラジコンの思い出(1980年代)

ラジコンは難しい?プラモデルが出来れば大丈夫!

ラジコンは中学2年の頃、始めました。

ラジコンを始める前は、「なんだか難しそう・・・」という不安な気持ちでした。

ラジコンを持っている同級生に「ラジコンって難しいかな?」と聞くと、

「プラモデルを作ることが出来れば大丈夫だよ。機械の調整が難しい時があるかもしれないけど教えてあげるよ。」

と背中を押され、初めて購入したマシンは、タミヤ・ホーネットでした。

私がホーネットを購入したときは、アンプ(今でいうESC)がまだ発売されていませんでしたので、前後のスピードコントロールは変速スイッチと抵抗をサーボで動かして使っていました。

同級生が言っていた調整が難しいと言っていたのは、変速スイッチの調整の事でした。

昔は機械式での調整箇所が多く、なかなかピッタリと調整することが難しかったの記憶があります。

ラジコンカーのレースが面白そう!!ホーネットでレースに初参加したお話

町の模型屋さん主催のラジコンカーのレースに初めて参加しました。

マシンはホーネットです。周りの人たちでもホーネットを使用している人は多かったです。当時も人気車種だったのです。

私は初レースに参加したのはよかったのですが、結果は予選落ち。悔しい思いをしました。それからはレースに夢中になりました。

自宅から駅まで徒歩30分、電車で40分、さらに徒歩40分かけて当時賑わっていたピットインさんの電動オフロードコースでのレース(チーム・クウォードランナーズさんが主催)にさらに夢中になります。

初心者は、オーバルコースでレースをしていましたが、エキスパート(オープンクラス)は

テクニカルなレイアウトのフルコースでレースをします!!

オープンクラスは直線のスピードもコーナーの立ち上がりも速く、迫力が違います!!

ミルミル織田さん、速かったです。

ピットインさんのレースに通ううちに、ケムール霜鳥さんと出会います。

(実は最近、霜鳥さんが亡くなっていたことを知り、ガッカリしてしまいました。)

当時中学生だった私は、ラジコンの上手な人からアドバイスが欲しくて、霜鳥さんに近づいて色々質問していたのです。(今思えば、霜鳥さんは鬱陶しく思っていたに違いありません。だって、ご自身がレースに参加して来ているのだから、子供の相手をしている時間がなかったはずです。反省)

霜鳥さんは、私の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれました。おかげさまで、色々知ることができ、無駄な買い物もしなくて済んだと思います。

本で勉強するのもよいことですが、人にアドバイスを貰うことも大切です。

ある日、新宿住友三角ビルで特設会場レースをやっているのをたまたま見かけ、霜鳥さんがレースに出ていたので、友達と大声で応援しました。「ケムール頑張れー!!」ってww

ただ、ラジコンマガジンの次月号あたりで霜鳥さんがご自身のコーナーのコメント欄に、「私は、中高生の男の子からはよく声をかけられるのですが、たまには女子大生にも声をかけてほしい」なんて書いてあった記憶もありますw

京商ルマン360PTモーター(通称ピーティー)が流行っていたのもこの頃です。

8.4Vもありましたね~。ビッグウィッグが8.4V対応だったと思います。

TV番組タミヤRCカーグランプリのなかで、ケムール霜鳥さんが出演している動画です(1:08~)

この動画だけでも、ホーネット、アタックバギー、ホットショットのコマーシャル、小倉智昭さんの番組MC、大野香菜さんの現地インタビュー、チームのうてんきさんのメンバーの方々を見ることが出来るという超貴重な映像です!

ラジコンの思い出(1990年代)

TV番組タミヤRCカーグランプリに出場!!

大学生の頃、タミヤRCカーブランプリに悲願の初出場、初優勝(オフロードフレッシュマン2WDクラス)

吹田明日春さんがアナウンサーでした。番組のMCは「バイバイのバ~イ」の小倉智昭さん。優勝賞品としてトヨタセリカRCラリー(TA-01)を頂きました。TVでも放映されたんですよ。恥ずかしながら、私はヘンな人キャラでしたが・・・。

レースのレベルはともかく、レースに参加できてよかった。レースやイベントはとにかく楽しい思い出です。

ちなみにTV番組タミヤRCカーグランプリでよく流れていた音楽にカシオペアがあります。

私がいまだにカシオペアが好きなのはTV番組タミヤRCカーグランプリがあったからと言っても過言ではありません。私のプロフィールはこちらから

TV番組タミヤRCカーグランプリのプラモデルファンに向けたコーナーの「タミヤモデラーズギャラリー」のコーナーでBGMとしてよく流れていたMALTA(マルタ)の、この曲も大好きです。

この曲を聴くと当時の事を思い出して、とても懐かしい気持ちになります。

TV番組タミヤRCカーグランプリで優勝して天狗になる

今思えば天狗になるほどのことではないのですが、何を勘違いしたのかスーパーアスチュート(ノーマルタイヤ)で谷田部アリーナさんのラウンドレースに参加します。

スーパーアスチュートで参加したところまではいいんですが・・・

当時、谷田部アリーナさんのオフロードコースは、クレイ路面でした。

さらに私は、クレイ路面専用のタイヤがあることを知りませんでした。

なので、キット標準のタイヤでレースに出ていたのですが、当然、毎回最下位でした。

今思えば、当時のキット標準タイヤでは、クレイ路面でグリップしません!

マシンはクルクル回ってまともに走れませんでした。私は毎回クビをひねってましたよ。

早く気づけよ!って感じですよね・・・。

私にとって、苦い思い出の多い谷田部アリーナさんですが、わからないことはスタッフの方に聞けば色々と的確に教えてくれます。

今思えば、当時勇気を出して色々と聞けば良かった。ヨコモのワークスの方が近くに沢山いらっしゃったので。タミヤのマシンでも聞けば教えてくれたハズ!?

戦い方を知らないと同じ土俵にすら立てないということも知っておかなければいけません。

ツーリングカーが流行する

TA-01が出てきたあたりから、ツーリングカーが流行った気がします。

TA-02のアルファロメオ155は本当にカッコいいボディでした!再販されないかな・・・。

TA-02のアルファ155は下にある動画の冒頭から見れます!

(吹田明日香さんの現地レポート、番組MCの小倉智昭さんの「バイバイのバーイ」も)

TA-01発売の前から流行の兆しがあったと思います。というのは、船橋にあるフタバ模型さんのお店の裏にあった電動オンロードコースで、バギーのシャーシに京商のエンジンカー用ツーリングカーボディーを載せて走らせていた人達がいたからです。当時、私はこれは流行る!と思いました。

ヨコモのNSXもありましたね。発売が遅れた記憶があります。

ラジコンの神、広坂正美さんがフタバ模型さんのオンロードコースでNSXを走らせているのを見たことがあります。

毎周各コーナーで同じラインをトレースするのを見て、本当にすごいと思いました。

下の動画は、広坂正美さんのラジコンテクニック動画です

下の動画は、広坂正美さんの経歴について紹介しています

 

ツーリングカーが流行りだした頃には、仲間内でそれぞれマシンを購入し仕事が終わってから近所の駐車場で夜な夜な走らせてワイワイやっていました。

京商スパイダーを使っていた仲間がいて、2段変速でしたね。今考えてもすごい。京商はいつも独特。

京商スパイダーの彼はお金持ちなので、プロポにメガテックPCMを使ってましたよ、確か。時々混信して慌てていましたが・・・。

徐々にツーリングカーというカテゴリーが熱を帯びて行って、ピットインさんのレースではスポンジタイヤを使うクラスもありました。

一日中、仕事中もラジコンの事を考える日々

私は、職場の方向もあってユニデンスピードウェイさん(千葉・海浜幕張にあった)によく通っていました。

毎週末はもちろん、仕事帰りに毎日寄ってました。

一日中、仕事中もラジコンの事を考える日々だったのはこの頃もそうです。

ユニデンスピードウェイさんでは、スーパーナロータイヤクラスが流行っていました。

タイヤが26ミリ幅よりも細く、24ミリだったかな?コントロールが難しかったです。やがてスーパーナロークラスはなくなってしまいますが・・・。

ユニデンスピードウェイさんは閉鎖になってしまいましたが、閉鎖直前のファイナルレース(23Tクラス)でなんと2位に入賞しました!ユニデンスピードウェイさんで初の表彰台でした!この思い出は今でも忘れられないです!!

他にもユニデンスピードウェイさんでは、ツーリングカーのスポーツマンクラスで全日本一次予選を通過した思い出があります。確か11位

趣味をやっていて出会う人は特別な存在だと思います。

ユニデンスピードウェイさんでは、ラジコンの尊師との出会いがありました。

(今思えば尊師からアドバイスを貰うたびに自分のタイムがドンドン速くなっていき、結果を出すことが出来るようになったのです。一人でやるのもいいですが、練習してある程度ぶつけずに走れるようになったら、ラジコンが上手で話しかけやすく教え方がうまい人からアドバイスをもらうのも上達のコツです。人間なので相性もあると思いますが。

ラジコンは、サーキットに行くとどうしても競争になってしまう部分もあるので、同じ価値観を持ってやっている仲間でも、ライバル視してしまうことがあります。

レースに毎回参加している人達同士だと、特にそういった傾向があるかもしれません。

ただ、お互いレースに真剣に取り組んでいて、それをお互いにわかっていて、あえてそのライバル関係を楽しんでいる人もいます。楽しみ方は人それぞれ。

ぶつけたぶつけないで雰囲気が悪くならないように、サーキットではお互いに声を掛け合ってやりたいですね。ぶつけてしまったら、ごめんなさいとかごめんねとか、たった一言いうだけで、雰囲気が和むんです。

サーキットは常連さんが必ずといっていいほどいらっしゃいます。

その常連さんの中で、ご自身と気が合う話しやすい人とまずは仲良くなっていけば、徐々にその仲良くなった常連さんと仲の良い常連さんとも話をするようになっていきます。

なぜここまで細々とサーキットでの話をしてきたかと言いますと、ラジコンの世界は

レースを目指す、レースを楽しむ人にとっては特に情報戦の要素が大変強いからです!!

何事もそうですが、知らないよりは知っていたほうがいいと思います。

もう一つの考え方として、知りすぎるとワナがあるということもありますが・・・。

私はどちらかというと、一人で黙々と楽しむのが好きなタチなので、一人でもラジコンを十分に楽しめますが、それでもサーキットに通っているうちに仲良くなってLINEする人は何人か出来るのです。

仲間が出来る。そう、私でさえ、です。

なので、ラジコンを始めたら気軽にサーキットに行きましょう!というお話でした。

最高の趣味を、最高に楽しむために、最高の選択をしましょう!

1/10電動ツーリングカーの全日本二次予選はケイチューンさんでしたが、事前に練習走行で走ったときの話です。

アウトラップの一つ目のコーナーで角にマシンをヒットさせてしまい、サスアームが根元から折れてしまいました。

マシンがこんな状態になったことはこれが初めてでした。

「これはダメだ」と早々に見切りをつけて二次予選は欠場することにしました。

当時の私は、京商TF-4タイプRを使ってました。

京商TF-4タイプRは当時かなり少数派でしたが、結果的にかなり良い思いをさせてもらいました。

主流はヨコモMR-4TCで、使用者も多かったですけどね。

(今思うと、尊師から京商TF-4タイプRを譲り受けなかったら、間違いなくMR-4TCを使っていたと思います。素組みですごく良く走る車だということは、身をもって知っていたからです。)

その時に、ラジコンはマシン選びも大事な要素だと思いました。

速いマシンや人気があるマシンを選べと言っているのではなく、自分のモチベーションが一番上がるマシンが一番良いと思うのです。私は京商TF-4タイプRで結果的にオイシイ思いが出来ましたが、結構苦労しモチベーションが下がりかけたこともあったからです。

ユニデンスピードウェイさんが閉鎖されたあと、A-BITさん(旧ケイチューンスポーツコース)のレースでTA04を使って30Tクラス優勝したり、同じくTA04を使って23Tクラスで3位に入ったりとレースを楽しんでいました。TA04は本当に走りやすくていい車でした。

ラジコンの思い出(2000年代)

行きつけのラジコンコースが次々と閉鎖していく悲しい現実

しばらくして、A-BITさんは閉鎖されてしまいました・・・。

その後、南千葉RCサーキットさんで私のラジコンの尊師と久しぶりに再会します。そこで一緒にエンジンカーを走らせてからはしばらくラジコンから遠ざかってしまいます。尊師とも疎遠になってしまいます。

しばらくラジコンから遠ざかるものの、新製品はいつも気にしていました。

京商から発売されたKX-ONEが斬新で衝撃的でした。

数年後に私がラジコンを再開したのは、京商レーザーZX5を中古で購入した頃です。

竜ケ崎オフロードコースさんを一度走りましたが、リヤのダンパーステーのアダプターが一日に5回折れて、心も折れました。

おまけに、手に入らない部品があり継続不可能となり京商レーザーZX5は終了です。(今思うと腕がへたくそすぎなのにエンジンバギーが走る広大なコースをハイジャンプする方が無謀。マシンが壊れるのは当然です

ラジコンの思い出(2010年代)

数年後さらにラジコンを再開することになりますが・・・

私はラジコンを所有した一台目がホーネットでしたので(基本的にはバギーが好きなので)、部屋で細々とタカラのギガテンバギーを走らせて遊ぶことにしました。(今思うとこれはアリ)

6畳間でバギーを走らせることが出来ます。スポンジタイヤです。

走行時間は約5分

しかし、私には物足りなかったです。もっとラジコンを走らせたい!(今思うとそういう人には京商ミニッツレーサーがおすすめです。部屋で長時間遊べます

そこで、ミニッツAWDを購入。走行時間は30分以上と長時間走れますので問題ありません。が、これもすぐに飽きてしまいます。(今思うと、部品を変えたり色々工夫することで遊び方を広げていくことが出来たのではないかと思います)

グリップ走行でコースに行けばと思い、ラジコン天国蘇我さんで走るためにミニッツレーサーMR-03を追加で購入。これは良かったです!

しばらくラジコン天国(蘇我)さんで、ミニッツコースを走らせました。

(仲良くなった常連さんもいます。いまだにLINEでつながっています。)

ミニッツレーサーでラジコン脳のESCにスイッチが入ってしまった!なんと、併設コースにあったドリフトコースを走らせるため、ヨコモのドリフトパッケージ(タイプC)を購入してしまいます。4駆でケツカキが流行った時代。

ラジコンの進化に衝撃を受けた

ラジコン再開により、ラジコンの進化に衝撃を受けます!!

バッテリーはリチウムバッテリー、プロポは2.4ギガ、モーターはブラシレス・・・。

衝撃的でした!!

ブラシレスモーターは、ブラシ交換がいらない!!

リチウムバッテリーは繰り返し充電ができる!!

2.4G(ギガ)プロポはバンド交換がいらない!!!→ここが一番の驚き!もうバンド管理カードや、レースの時にプロポをハイエースの人に預けるなんて面倒な事をしなくて済むのか!!

ラジコンは細く長く続けていきたいものですね

それからラジコンにどんどんハマっていきます。

タミヤM-05(限定シルバーバージョン)、タミヤF104プロ、アソシェイテッドRC-10B4.1、タミヤTB03・・・もう止まりません。(今思うと、もう少しカテゴリーと台数を絞った方が良かった

カテゴリーや車種は、多ければ多いほどお金も時間もかかります。また、労力が分散して一つの車種で速くなるのに時間が掛かってしまいます。私がお金と時間に余裕がある人なら良かったですが・・・。

谷田部アリーナさんに走らせに行くときもラジコン4台持っていって、ひとり浮いていました。

あのラジコンの聖地・谷田部アリーナさんで4カテゴリーを走らせていたのです!→変な自慢。ついでに自慢すると、私、会員番号が1000番台なんです!

その後、らじこんひろばさん(長柄・旧アウトレットにあった時)でタミチャレに2年くらい参戦しました。

F104クラスでは1度だけ勝たせて頂きました。(決勝6位スタートで、1~5位の人たちがスタート直後に全員クラッシュしての完全棚ボタ試合)

らじこんひろばさんで多くの常連さんと仲良くなったのも束の間。

その後、仕事で愛知に行くことになります。

愛知ではツインリンクほんぐうさん、デイズさん、サニーランドサーキットさん(閉鎖)に行きました。

愛知での仕事が終了し、現在に至ります。

家庭の事情や懐の事情、仕事の事情など様々な環境変化でラジコンを続けることが出来ない方もいらっしゃると思います。

ラジコンは、無理なく長く楽しく続けていけるといいですよね。

 

※らじこんひろばさんは、現在、長柄(旧アウトレット)から大網白里市に移転されました。

※ラジコン天国(蘇我)さんは、現在、千葉市若葉区に移転されました。

※谷田部アリーナさんは、現在、つくばラジコンパークとして営業されています。

私の愛車自慢

私が今までに使用したマシン(単なる自慢)

【タミヤ】

ホーネット当時物(リヤがリジット構造で、ポンポン跳ねる走行が独特で、個人的には面白い)

アタックバギー(リヤのドッグボーンが六角だったのですぐに滑るようになってしまった。アンプの放熱性が悪いのは残念)

ホットショット当時物(滝博士がホットショットを使ってキリモミ回転走行や、垂直の壁を登るラジコンとしてTV番組で宣伝していたのを見てすぐに購入した)

ワイルドワン当時物(アフターサービスに部品で注文して一台作り上げた。絶対にキットを買ったほうが安かった。なぜそんなことをしたのか、今でも不明)

ポルシェ956(同級生から中古で譲り受けた。3Pサスペンションだが、オンロードってこんなにサスストローク短いんだというのが第一印象)

ホンダF2(同級生から譲り受けた。540モーターのオンロードは初走行3秒で壁にヒットしボディが粉々に砕けて終了。塗装が上手な状態で譲り受けたので、今思えば飾っておけばよかった。540モーター仕様のオンロードを舐めていた)

F102,F103,F104(F102は、F1ブーム全盛期だったと思います。ホンダの青山でF1クラス100台以上とかTV番組のタミヤRCカーグランプリで放送していた記憶があります。レベルが高そうだったので、最初から参加するつもりはなかったし、とうとう参加しませんでした。今思えば、一度くらいは出ておけばよかったかもしれません)

初代タムテックポルシェ(TV番組のタミヤRCカーグランプリでもタムテッククラスがあったんですよ。)

スーパーアスチュート(このマシンを使って、私はTV番組のタミヤRCカーグランプリで優勝することができ、さらにTA01を持ち帰ることが出来ました。このレース、私は予選3位で1位の人の方がスピード速かったんですが、決勝スタート直後に1位と2位の人がミスして「頂いた優勝」みたいなもんでした。何事も、参加してみないと何が起こるかわかりませんね)

トップフォース(キット付属のノーマルタイヤで当時クレイ路面だった谷田部アリーナのラウンドに出ました。もちろん(Jメイン)最下位)

セリカGT-FOUR RCラリー(TV番組タミヤRCカーグランプリで優勝賞品として貰ったもの。長く遊ばせて頂きました。)

TA-03F,TA04,TA05,(TA03Fは奇抜な構造で、作って飾るのを楽しみました。TA04,TA05はクセがなく走りやすくいい車という印象)

TB-03(タミチャレGTクラスに何度か出ました。F104クラスに専念するために途中でやめた。クセがなく、ナックル以外は壊れにくくいい車)

TB-evo5 MS(なぜかこの車にドリフトタイヤを履いてしかも袖スタさんの旧ドリフトコースを走りました。今思えばなぜ?という疑問しか沸かない)

TRF503ワールドエディション(自動車事故で入院中に購入し、病院の看護師さんに怒られる。自動車事故のブログはコチラから)

M-05(らじこんひろばさんのMミーティングに参加するために購入したようなもの。今はMミーティングやってないと思います、たぶん。)

XV-01TC(ドリフト、グリップ、オフロードとオールラウンドに楽しめると思って購入。しかし、カーペットコースでドリフトをしただけで手放しました。ベルト駆動なので、オフロードはオススメしません。)

DT-03(組み上げただけで満足してしまい、友人に差し上げた。走らせるとすごく楽しいらしい。のに)

【京商】

オプティマプロ(ピットインさんのオフロードレースに参加したマシン。ダンパーが初代オプティマより高級な金色のオプションハウスのダンパーがついていて走りが安定した。)

プラズマMk3リミテッド(駐車場で走らせるのみで終わった)

ミニッツレーサー、ミニッツAWD(ミニッツは今でも持っています。自分の部屋でラジコンの練習が出来るため、大変重宝しています。メンテナンスをするときもあまり場所を取らないので購入したら手放さないほうがいいと思います。)

ミニッツモトレーサー(色々難ありでしたが、今は気が向いたときにちょこっと動かしています。)

ハングオンレーサー(チェーンが実車と同じ構造だったり、メカ的な所有の満足度は高いと思います。バイクのラジコンで練習すればラジコンカーの操作が上達すると思って購入しましたが、実際はほとんど動かしていません。押入れの奥にしまってある盆栽)

レーザーZX5(部品供給で苦労しました。私にとってはもう少し丈夫だったらよかった)

TF4typeR(当時の京商はTF-2から「巻き車」と呼ばれていたが、私はTF-2の方がさらに好きだった。)

【ヨコモ】

ドッグファイターYZ-834B(半完成キットで売られていた。チェーンが伸びてからは使用しておらず、一度もギヤボックスを開けずに終了した。今思えば玄人向きの車)

スーパードッグファイターYZ-870c(この車で谷田部アリーナさんのラウンドレースに何度参加しただろうか。もちろんノーマルのスパイクタイヤ装着なので、(Iメイン)最下位。振り分けバッテリー搭載方式は最初は面倒くさいと思っていたのですが、重心が安定して走らせやすかった為、結果的にはすごく気に入ってしまいました)

ドリフトパッケージtype-C(ケツカキ1.5までは良かったものの、1.8あたりでギブアップした気がします)

R12C3.1(初めてちゃんとやったトゥエルブ(1/12)カテゴリー。最初からよく走る車だったので、自分の腕が上手くなった気がしました。)

YZ-2 DTM3(完成してから一度走らせましたが、それっきり現在に至る)

【無限】

ブルドックIIAWDS(なんと4WDS。しかしリヤの操舵をすると直進安定性が悪くなる為、リヤの操舵はロックして使用。エアサスも独特でした。ベルトとプーリーの掛かりが浅く消耗が激しかった記憶があります。)

MTX-2(たぶん2だったと思います。尊師から譲り受けたもの。2回位走行。エンジンカー経験はこれだけ)

【HPI】

RS4プロ(名車RS4。確かラジコンマガジンに「所有欲を満たすマシン」と書いてあった記憶があります。実際、大変所有欲が満たされました。)

【川田模型】

SV-10アルシオン(メンテナンス性最高!Cハブをバラさずにユニバーサルを交換できた。痒いところに手が届くさすが川田模型のマシン。レースで良い結果は出せませんでしたが、同じ車を使っていたライバルは毎回レースでAメインに入っていました。)

【OVA】

コクーン(当時ミッドシップモーターレイアウトは独特で注目のマシンでした。メーカーサポートが非常に厚かったです。私が初めてモディファイクラスに参加したマシン。特に何もせずに非常によく走った。結果は出せなかったが・・・)

【SAKURA】

D4 RWDスポーツ(2駆ドリフトをやろうと購入。2回走行後、押入れの奥で眠っている。)

【アソシェイテッド】

RC-10B4.1(初めて購入した外車。インチサイズの工具を揃えた。自分の腕が上達した気がしたくらい、よく走る車だった。とにかく頑丈なので、さすがアメリカ製だと思った。)

RC-10B5M(購入時すごくワクワクした記憶があります。ワクワク度合いの凄さはRS-4以来だった気がします。)

RC-10B6.1D(ブロントのバルクヘッドが壊れやすいという弱点をかかえていた。代理店問題により、部品供給に苦労した)

 

また、下の動画で1980年代のクラシックラジコンカーが見れます。

ヨコモ(ドッグファイター)、アソシェイテッド(RC-10)、AYKその他見どころ満載映像。

80年代の当時、京商オプティマを駆りラジコンマガジンで特集されたあのミルミル織田さんも出演されています、超貴重な映像です!

TNRACINGさんのチャンネル動画より
『動画 その150 クラシックカーが、まさかの大集合! ラジコンカー最速理論 連載中!』

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コネクターひろゆき
人生は旅いかに楽しむかいかに面白がるか。一つの事に拘らない。その時その時に夢中になったことを真剣に生きる!転職多数、多趣味で多忙な落ち着かない時間を日々過ごす。ハチャメチャな管理人の日常を書き綴ります。低浮上あしからず。
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